前回、市場に上積みするには「群衆が見ていない情報」が必要だと分かりました。そこで今回は、多くの人が定性的にしか語らない「展開の有利不利」を数値化します。一度は明確な信号が出ましたが、原因はデータの欠損値でした。修正すると信号は完全に消えています。
今回の仮説
競馬中継や新聞では「展開が向かなかった」という言い方をよく聞きます。前が速すぎて先行馬が潰れた、あるいは前が遅すぎて後方の馬が届かなかった、という説明です。
これは多くの人が定性的に語ります。しかし、それを数値にして過去の成績を補正している人は多くありません。もしそこに情報が残っているなら、市場が見落としている領域になりえます。
具体的な仮説はこうです。
不利な展開で好走した馬は、着順も指数も実力より低く出る。市場がその馬を「前走がダメだった馬」として評価するなら、実力より安く買えるはずである。
展開の数値化
二つの量を定義しました。
ペースは、レース前半3ハロンと後半3ハロンのタイム差で表します。前半のほうが速ければ、いわゆるハイペースです。距離帯と芝ダートごとに標準化しました。
位置取りは、4コーナー通過順を出走頭数で割った値です。0に近いほど前、1に近いほど後方になります。
この二つを掛け合わせて展開不利度とします。ハイペースで前にいた馬、スローペースで後方にいた馬は、いずれも不利だったと判定されます。
なお、補正の量を人間が決めるのは避けました。「不利な展開で好走した馬を何点上乗せするか」を恣意的に決めると、結論を都合よく作れてしまいます。数値は特徴量として渡し、重みはモデルに学習させています。
最初の結果:有望に見えた
前走の指数を三層に分け、その中で展開不利度別に今回の複勝率を見ました。
| 前走の指数 | 有利だった | 中間 | 不利だった |
|---|---|---|---|
| 指数低 | 9.5% | 9.7% | 7.3% |
| 指数中 | 14.6% | 18.0% | 16.4% |
| 指数高 | 14.6% | 23.6% | 25.6% |
指数が高い層で、14.6%から25.6%へと大きく上昇しています。 仮説どおりの方向です。「前走で指数は高かったが展開が向かなかった馬」が、次走で明確に好成績を残している、という読み方ができます。
ここで結論を出していれば、見栄えのする記事が書けました。
検算で見つけたもの
数値を確認する過程で、前半3ハロンと後半3ハロンの分布に不自然な点が見つかりました。下位5%の値が0.0秒だったのです。
0秒で3ハロンを走る馬はいません。これは「記録なし」を意味する値でした。障害競走や、コーナーのない直線コースなど、3ハロンの区分タイムが記録されないレースで発生します。
問題は、この0を有効な値として計算していたことです。
ペース = 前半3F − 後半3F = 0 − 35 = −35秒
前半が極端に速かったという計算になり、これらのレースがすべて「ハイペース」に分類されていました。
4コーナー通過順にも同じ問題がありました。直線コースなど4コーナーが存在しないレースでは0が入ります。位置取りは0÷頭数となり、すべて「先頭にいた馬」として扱われていました。
有効範囲で絞り込んだ結果、全レースの32.7%が不正なデータでした。
修正の効果は、単純な指標にも表れます。前半と後半のタイム差の中央値は、修正前が0.00秒、修正後は−1.10秒でした。競走馬は後半で減速しますから、前半のほうが約1秒速いという後者が実態と一致します。
修正後:仮説は否定された
同じ表を、修正後のデータで作り直しました。
| 前走の指数 | 有利だった | 中間 | 不利だった |
|---|---|---|---|
| 指数低 | 11.8% | 11.6% | 10.5% |
| 指数中 | 22.0% | 22.3% | 22.0% |
| 指数高 | 29.6% | 28.5% | 27.2% |
すべての層で「不利だった」が最も低いか、ほぼ同じです。 仮説は支持されないどころか、わずかに逆向きでした。
先ほどの「14.6%から25.6%へ」という上昇は、完全に消えました。あれは32.7%の不正データが作り出した幻でした。
モデルに投入した際の結果も同じです。仮説の核となる二つの変数は、いずれも統計的に有意ではありませんでした。
| 特徴量 | t値 | 判定 |
|---|---|---|
| 展開不利度 | −1.32 | 有意でない |
| 前走指数 × 不利度 | 1.30 | 有意でない |
展開効果そのものは、半分だけ実在する
ただし、展開が結果に影響すること自体は確認できました。
| ペース | 前 | 中団 | 後方 |
|---|---|---|---|
| ハイペース | 36.1% | 19.5% | 6.5% |
| 平均 | 36.7% | 19.7% | 6.9% |
| スロー | 42.1% | 20.3% | 6.6% |
スローペースでは前にいた馬が有利(42.1%)、ハイペースでは不利(36.1%) になります。理論どおりです。
一方で後方の馬はペースにまったく反応していません(6.5%、6.9%、6.6%)。「ハイペースなら差しが届く」という説明は、少なくともこのデータでは確認できませんでした。
なぜ仮説が成立しなかったのか
考えられる理由は、位置取りが偶然ではないことです。
後方から競馬をする馬は、たまたま不運だったのではなく、その馬の脚質と能力の結果としてそこにいます。前走の指数で層を揃えても、脚質の差までは揃いません。したがって「展開が不利だった馬」の集団には、そもそも後方からしか競馬ができない馬が多く含まれます。
もう一つの可能性は、展開は既に織り込まれていることです。日本の競馬では展開の議論が非常に盛んで、専門紙も予想家も日常的に触れます。定性的であっても多くの人が同じ判断をしていれば、その分は既にオッズに反映されます。
勝てる場所を探す
もう一つ検証しました。「全レースで市場に勝つ必要はない」という考え方です。
モデルが市場に足す上積みの大きさを、これまでは全レースの平均で見ていました。しかし特定のレース群でだけ機能している可能性があります。芝とダート、距離帯、頭数、クラス、競馬場で分けて測りました。
事前に判定基準を決めました。係数が正、かつ統計的に有意、かつ5,000件以上の三条件をすべて満たす区分のみを候補とします。25区分ほどを同時に見るため、点推定だけでは偶然良く見えるものが必ず出るからです。
該当した区分は、ひとつもありませんでした。
ただし、一つだけ意味のある傾向があります。
| 頭数 | モデルの上積み |
|---|---|
| 〜10頭 | −0.150 |
| 11〜14頭 | −0.059 |
| 15頭〜 | +0.047 |
頭数が増えるほど改善し、多頭数でのみプラスに転じます。 芝(−0.097)よりダート(−0.012)が良いのも同じ方向です。
機構としては理解できます。多頭数では検討すべき馬が増え、買い手の注意が分散します。系統的に全馬を評価するモデルの相対的な優位は、そこで出やすくなります。
追いかけなかった理由
この傾向は魅力的に見えます。「多頭数のダート戦だけを買う」という条件を作れば、数字はさらに良くなるでしょう。
しかし、それはやりません。
多頭数の傾向は、25区分を見た後で気づいたものです。事前に立てた仮説ではありません。ここからさらに条件を掛け合わせれば、必ず見栄えのする数字が出ます。そして、それが本物である保証はどこにもありません。
このシリーズでは、有望に見えた数字が消える経験を三度しています。
| 回 | 見かけ | 正しく測ると |
|---|---|---|
| 第2回 | 回収率98.2%(107件) | 74.5%(1,788件) |
| 第7回 | モデルの上積み +0.371 | +0.042 |
| 今回 | 指数高で14.6%→25.6% | 消滅(欠損値が原因) |
いずれも、事前に判定の基準を決めていたから止まれました。基準を後から緩めるのであれば、最初から基準を設ける意味がありません。
多頭数の傾向を検証するとすれば、「15頭以上でモデルの上積みが正である」という単一の仮説を立て、まだ使っていないデータで一度だけ検定するという形になります。条件の掛け合わせを繰り返すことではありません。
まとめ
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 展開の数値化 | 実装できた |
| データ品質 | 32.7%のレースに欠損値が混入していた |
| 仮説(不利な展開=過小評価) | 否定(修正後は逆向き) |
| 展開効果そのもの | 前にいる馬には影響する。後方には影響しない |
| セグメント別の上積み | 候補ゼロ |
| 唯一の傾向 | 頭数が多いほど改善(ただし有意ではない) |
今回いちばんの収穫は、検算をしたことだと考えています。分布を確認しなければ、32.7%の不正データに気づかないまま「展開補正には情報がある」という誤った結論を発表していました。
数値が仮説どおりに出たときこそ、疑う必要があります。
本記事はAIが下書きを生成し、人間が公開可否を判断しています。掲載した数値はすべて実データによる分析結果であり、恣意的な抽出は行っていません。本記事は情報提供を目的としたものであり、馬券の購入を勧誘するものではありません。
旨すぎるときほど、まず皿の裏を確かめることだ。


