地方競馬の解体新書(第2回)|公開情報の非対称と市場の織り込み — 中央競馬と地方競馬における「調子」指標の説明力の比較

公開情報の非対称と市場の織り込み 地方競馬の解体新書

— 中央競馬と地方競馬における「調子」指標の説明力の比較

前回のおさらいと今回の問い

第1回では、地方競馬が中央より「当てやすい」(1番人気の勝率 44% 対 34%)が「儲けやすく」はないこと、そして当てやすさの正体が市場の未熟さではなくレースの構造にあることを確かめました。

今回の問いは、私たちが地方競馬に取り組んで最初に引っかかった点です。中央競馬では調教、ローテーション、馬の調子、馬場や天候について綿密な情報が提供されています。地方競馬ではそれがどうなるのか。

1. まず「何が無いか」を数える

私たちが使っている公式データ(中央は JRA-VAN 系、地方は地方競馬全国協会系)を突き合わせました。

情報 中央 地方
調教(追い切りタイム・コース) 坂路・ウッドの全頭タイムが毎週 公式データには無い
馬場状態 状態コードに加え、含水率・クッション値が公表 状態コード(良・稍重・重・不良)のみ
馬体重・増減 あり あり(むしろ収録率は地方の方が高い)
出走間隔・前走の着順・人気・上がり・乗り替わり 出走表と結果から計算できる 同じ
コンピ指数・予想家の指数 各社が提供 ほぼ無い
票数(どれだけ売れているか) 過去分まで 最近の分だけ

つまり地方では、「調子」を測る材料は、出走表と前走の結果から作れるものだけです。調教が無い分、前走の内容・馬体重・間隔・乗り替わりの重みが相対的に大きくなるはず——と考えるのが自然ですが、本当にそうかを数字で確かめます。

2. 6つの代理変数は、結果とどれだけ関係するか

2021〜2025年の中央16,651レース・地方66,882レースで、各変数の区分ごとに3着内率を出しました。左が全馬、右が「1番人気だけ」です。1番人気だけの列を見るのは、市場が既に織り込んだ後に、まだ差が残っているかを見るためです。

変数 区分 中央(全馬 / 1番人気) 地方(全馬 / 1番人気)
出走間隔 連闘(7日以内) 18.0% / 68.6% 28.1% / 80.3%
中1週(8〜14日) 21.4% / 65.3% 27.9% / 76.5%
休み明け(57日以上) 20.0% / 63.2% 31.9% / 74.2%
馬体重 11kg以上の減 15.2% / 60.0% 28.1% / 73.9%
±3kg 23.3% / 65.2% 29.4% / 76.0%
11kg以上の増 19.7% / 65.0% 31.9% / 74.6%
前走着順 1着 31.0% / 62.2% 49.7% / 78.8%
10着以下 9.4% / 57.4% 12.1% / 69.0%
乗り替わり 乗替 / 継続 19.8% / 26.0% 26.0% / 31.5%
前走の上がり3F 最速 / 4位以下 35.9% / 18.2% 44.1% / 24.1%

読み取れることを三つ挙げます。

連闘の本命は、両市場で最も強い。 中央 68.6%、地方 80.3%。「連闘は疲れる」という通念の逆です。連闘を選ぶのは陣営が状態に自信を持っているときである可能性があり、その選択そのものが情報になっている、と読めます。地方では出走馬の3%が連闘です。

馬体重の大幅減は、中央では効き、地方では効かない。 中央では11kg以上減った馬の3着内率が平均より8ポイント落ち、1番人気でも5ポイント落ちます。地方では全馬で1ポイント、1番人気で2ポイントしか落ちません。地方では「−12kg」を見ても減点しないほうが、この5年間の数字には合っています。

1番人気の中にも、前走の内容で9ポイントの差が残っている。 地方の1番人気は、前走1着なら78.8%、前走10着以下なら69.0%。前走の上がりが最速なら80.0%、4位以下なら71.9%。市場は1番人気の中の差を全部は消していません。

3. 市場はその情報を織り込んでいるか

「3着内率と関係がある」ことと「市場がまだ織り込んでいない」ことは別です。オッズから計算した市場の確率に各変数を一つずつ足して、翌年(2025年)の予測がどれだけ良くなるかを測りました。数字は対数損失の改善(大きいほど「市場に無かった情報」)で、単位は1万分の1です。

足した情報 中央 地方 南関東 他地方
出走間隔 1.8 1.9 −1.7 3.2
馬体重増減 1.0 4.4 4.5 4.9
前走着順 0.4 4.0 3.1 3.8
前走人気 1.0 0.9 2.1 0.9
乗り替わり 0.2 0.2 0.0 0.5
前走の上がり 0.6 0.5 0.2 0.4
6つ全部 3.4 10.1 10.2 10.4

地方の市場は、出走表から作れる公開情報を、中央の市場の3倍「織り込み残して」います。 特に馬体重の増減(地方 4.4 対 中央 1.0)と前走着順(4.0 対 0.4)です。中央の市場が公開情報をよく織り込んでいるのは、参加者がその情報を実際に使っているためと考えられますが、本稿のデータでそれを確かめることはできません。地方では同じ情報が同じようには使われていない可能性があります。

ただし、この数字を読むときの注意が二つあります。

  • 大きさは小さい。 対数損失の0.2%です。私たちの過去の検証では、市場より対数損失で明確に勝つモデルを作っても、回収率は黒字になりませんでした。「市場が使い切っていない情報がある」と「その情報で儲かる」の間には、控除率という壁があります。
  • 向きは分かっていない。 市場が馬体重の増減に過剰に反応しているのか、過小なのかを、この数字は区別しません。向きは、締切前の買える値段で事前登録した検証で確かめる必要があります(これは別の回で扱います)。

もう一つ、南関東だけ「出走間隔」の改善が負(−1.7)でした。南関東の市場は間隔を既に織り込んでいる、と読めます。南関東と他地方で参加者の質が違う可能性は、所属と遠征を扱う回で改めて見ます。

4. 分かったこと・分からないこと

分かったこと
– 地方には調教データが無い。調子は「前走の内容・馬体重・間隔・乗り替わり」で近似するしかないと考えられる。
– その近似のうち、地方で効くのは前走の着順・上がり・人気と、間隔(連闘の本命は強い)。馬体重の増減は地方では効かない。
– 地方の市場は公開情報を中央ほど織り込んでいない(3倍)。ただし黒字に化ける大きさではないと見込まれ、向きも未確認。

分からないこと
– 中央の調教データやコンピ指数は「両方にある情報」ではないため、今回の比較に入れていません。それらを足せば中央の織り込み度はさらに上がるはずで、「地方に無い情報の価値」を数字にするのは次の課題です。
– 馬場状態と天候の影響は、状態コードしか無い地方でどこまで測れるか、別の回で扱います。

予想への示唆

  1. 地方で「調子」を見るなら、調教欄を探すより前走の着順と上がりのほうが、数字の上では手がかりになりそうです(1番人気の中でも9ポイントの差)。
  2. 連闘の本命を機械的に嫌う根拠は、この数字からは見当たりません(地方では8割が3着内)。
  3. 馬体重の大幅減を減点材料とする根拠は、地方では弱いようです(この5年間ではほとんど効いていません)。

次回: 「同じC2は同じではない」— 場ごとに違うクラスの仕組み、組分け、昇級・降級の局面を、5年分の全レースで解剖します。

調子は調教欄より、前の走りのほうが雄弁らしい。

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