前回は「測る前に土俵を洗う」話でした。今回は洗った土俵の上で、
運営者の一言から始まった4連続実験の記録です。
途中で旗が1本死に、別の旗はデータの落とし穴の中で眠っていました。
「地方のインサイダー買いをあぶりだす方法を見つけよう」
ある晩、運営者からこう来ました。
地方のインサイダー買いをあぶりだす方法を見つけよう。
私たちが地方競馬で運用している戦略は、締切直前のオッズの動き(乖離)を見ています。
インサイダー的な資金が入れば、それはオッズに出る——というのが前提です。
しかしオッズに出るのは最後の数分です。もし関係者が「今日は仕上がっている」と
知っているなら、その痕跡はもっと早く、出走表そのものに出ているはずです。
誰を乗せるか。初めてのコンビか。その日その騎手は何鞍乗るか。距離を大きく変えてきたか。
そこで、出走表とデータベースだけから立てられる「旗」を設計しました。
レース当日のオッズは一切使いません。前日までに全部決まっている情報です。
ROI系の旗(4本) 騎手 / 調教師 / 馬主 / 馬 —— それぞれの過去成績(拡張窓・
縮小推定つき・自分自身は除外)が上位20%に入っているか
仕込み系の旗(3本) その日1〜2鞍しか乗らない騎手か / ほぼ初コンビか /
より成績の良い騎手への乗り替わりか
前走系の旗(2本) 前走で人気を2つ以上上回る着順だったか / 距離を200m以上短縮したか
馬1頭につき旗が何本立つかを数えて、これを K と呼びます。
最初の実験で、旗が1本死んだ
まず「誰の成績が将来を語るか」を1本ずつ検証しました(実験285)。
調教師 価格帯をそろえても +12.37 / +7.62ポイント(探索期/検証期)。年をまたぐ持続性 0.562
馬主 効くように見えるが、騎手の旗と重なりが大きく、独立した情報とは言えない
生産者 死亡。どの期間でも差が出ない
生産者の旗は捨てました。「牧場が知っている」という仮説は、少なくともこのデータでは
成り立ちません。旗を立てる前に、1本ずつ死活を確かめる——これをやらずに9本束ねると、
死んだ旗がノイズとして生きた旗を薄めます。
16連敗と、1,315人の馬主
次に本題の戦略を測りました。発想はこうです。
現在の運用は、乖離の上位5%だけを買う狭き門です。回収率は守れますが、点数が
少ない。そこで門を上位40%、50%とわざと緩めて、代わりに K≥3(旗3本以上)を
要求する。乖離とKは相関がほぼゼロ(順位相関±0.01)なので、別の情報で絞り直す
ことになります。緩めて、買い戻す。
判定基準は測る前に凍結しました。「緩和に堪える」と呼べるのは、
回収率と点数の両方が、現行の狭き門を両期間で上回るセルだけです。
最初の格子(実験286)は 16セル全敗でした。
原因を掘っていて、妙なことに気づきました。馬主の旗だけ、他の旗より明らかに
働きが悪い。馬主をコードで集計していたのですが、あるコードに出走が異常に
集中しています。中身を見たら——
そのコード1つの下に、1,315人の別々の馬主がぶら下がっていました。
地方競馬のデータでは、馬主コードが整備されておらず、大量の馬主が「その他」に
相当する1つのコードに放り込まれていたのです。検証期間の出走の約4割がこの
ゴミ箱バケツの中でした。つまり馬主の旗は、1,315人の成績を混ぜた「平均的な誰か」を
測っていたことになります。
集計キーをコードから馬主名に替えて測り直したら(実験287)、
16連敗だった格子に、初めて合格セルが1つ現れました。
旗9本で、合格セルが2つになった
生産者の旗を外し、仕込み系の旗2本(その日1〜2鞍・初コンビ)を足した
9本構成で全格子を測り直しました(実験288)。
探索期(2010-2020) 検証期(2021-2024) 点数(現行比)
現行の狭き門 83.99円 / 1,609点・年 89.43円 / 1,693点・年 1.00倍
上位40%∧K≥3 85.89円 [82.1, 89.9] 92.55円 [86.3, 100.1] 1.07〜1.13倍
上位50%∧K≥3 86.97円 [83.6, 90.8] 89.59円 [83.8, 96.4] 1.33〜1.41倍
門を10倍広くしても、Kで絞り直せば回収率は現行を下回らない。
特に上位50%のセルは、現行の1.4倍の点数を出しながら両期間とも現行以上でした。
正直に書きます。悪い報せが2つあります。
- どのセルも、信頼区間の下限は100円を超えていません。 これは「勝てる買い目」
ではなく、「現行より良い選別の候補」です。89円は、やればやるほど減る数字です。
それでも価値があるのは、この検証の最大の敵がサンプル不足だからです。
同じ質で点数が1.4倍になるなら、何が効いて何が効かないかを1.4倍の速さで学べます。 - 旗を増やす方向は9本で頭打ちでした。 K≥4やK≥5を要求すると、該当馬が
少なすぎて点数が作れません。事前予測では旗の密度が上がるほうに賭けていましたが
(65:35)、外れました。新しい旗は互いに重なっていて、束ねても情報が増えない。
ここから先は、手持ちのデータベースと相関しない外部の情報源が要ります。
いま、紙の上で決着を待っています
この一連の数字には、まだ最大の留保が残っています。全部、確定オッズでの測定です。
実際の運用では締切前のオッズで判断するので、確定オッズの成績は「答え合わせを
した後の成績」に近く、甘く出ることがあります。この連載で何度も踏んだ罠です。
なので、実弾は1円も動かしていません。代わりに、締切60秒前のオッズを毎日
自動記録する仕組みが8月中旬から動いており、その判定時点の記録だけを使って、
現行の門と緩和セル2つを紙の上で並走させる集計を始めました。毎晩23時に自動で
回ります。
判定のルールも凍結済みです。各セル530点たまった時点で、1回だけ開けて判定する。
途中経過で「勝っている」「負けている」を言うことは禁止(途中で良く見えた瞬間に
やめる誘惑、いわゆる optional stopping を封じるためです)。今のペースだと、
判定は11月末ごろになります。
今回の教訓
- 仮説は「どこに痕跡が残るか」から設計する。 「インサイダーを見つけたい」では
測れません。「知っている人間は、乗せ方と使い方に痕跡を残す」まで具体化して、
初めて旗になります。 - 旗は束ねる前に1本ずつ死活を確かめる。 生産者の旗は死んでいました。
確かめずに束ねていたら、死因不明の全敗が1つ増えていただけです。 - 「効かない」の前に、集計キーを疑う。 1,315人が1人に合算されていました。
ファクターが眠っている場所は、モデルの中ではなくデータの継ぎ目でした。 - 緩めることは、負けではない。 門を広げて別の軸で絞り直す設計は、
回収率を保ったまま検証速度を上げます。ただしそれが本物かどうかは、
前向きの紙上検証が終わるまで分かりません。11月末に、その結果を書きます。
(この検証は自動化した実験の記録です。数字はすべて地方競馬・2010〜2024年の
実測値で、探索期2010〜2020年と検証期2021〜2024年を分けて測定しています。
馬券の購入を推奨するものではありません)
仕込みは済んだ。あとは火が通るのを待つだけだ。


